むーみん、にょろにょろのうみにただよう

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松山 Ⅳ‐2 

遊具のあった広場から5分、目的のフライブルク城に到着した。

フライブルク城

残念な天気だったので、何だか冴えないな・・・。 ピンクの傘を持っているおいちゃんが気になる。

このフライブルク城は、松山市の姉妹都市、ドイツのフライブルク市にちなんで名づけられたらしい。
出来たときは、「何じゃありゃ!!」という印象だったのを覚えている。
城というがちょっと変わった形の展望台である。


松山市一望できます

ただ、眺望はとてもよい。
松山市を360度一望できる。
上の画像のほぼ中心にある山は、松山城のある勝山である。

27~28年前?

ちなみに、上の画像は27~28年前に撮ったと思われるもの。
大峰ヶ台の中腹いやもっと下?で撮ったのかな?これもアルバムから引っ張り出してきた。

見ると、今より畑や田んぼが多いのがわかる。
そういえば、田んぼには「カブトエビ」なる「カブトガニ」をすごく小さくしたような生き物がいて、
田んぼに水が入るようになるとよく観察しに行ったものだが今でもいるのだろうか。
ちなみに、静岡の田んぼでは一度も見かけたことがないし、人に聞いても知らないと言われた。



思い思いに過ごす人々

フライブルク城周辺で思い思いに過ごす人々。


こんなところに!


さすが、「俳句の街」松山。俳句ポストなるものを見つけた。



帰り道

時間に余裕のない旅。足早に来た道を下る。この坂道をよく幼馴染と上り下りしたものだ。


休憩所

ベンチ



入り口に戻ってきた。せっかくなので、もう少し写真を撮ろうと思ったら・・・

ん?

・・・ん?




ぬし? 


猫がいる!


来た時はいなかったのに。お見送りしてくれてたりして。むっつり顔だけど。

また来よう、と思った。



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松山 Ⅳ-1 

2月末の松山弾丸旅行の続き。



松山総合公園前


松山総合公園到着。一番高いところにある「フライブルク城」を目指す。

松山総合公園は松山城から見て西にある「大峰ヶ台」という高台に作られ、
1999年、私が小学校4年生くらいの時に完成した。
ここからほどないところに住んでいたので、よく遊びに行った思い出深い場所だ。


坂道を登って


車で途中まで行くことができる。
自転車は入れないので、徒歩で地道に登っていく。
市民の散歩コースになっているようだが、この日は天気があまり良くなく気温も低めだったせいか
すれ違う人の数もまばらだった。


紅梅

途中、いろいろな木が植えられている。
梅はちょうど咲き初めだった。





懐かしの風景

15分ほど歩けば中腹の広場に着く。
ここの遊具でよく遊んだなぁ。


すべり台今昔

すべり台は本当に楽しかった。
勢いをつけてすべると、途中で体が20センチほどふわっと浮くところがあって、そのスリルがたまらなかった。
親が見ていたらヒヤヒヤものだっただろう。

子供って安全と危険のスレスレのところでうま~く遊んでいるんだよなぁ。
自分の子供には(いないけど出来たら)子供に任せて自由に遊ばせてやれるだろうか・・・。
大丈夫だろうと思いつつ、ついつい心配性になってしまいそうだ。

ちなみに、上の画像の右側ですべっているのは約20年前の私。アルバムから引っ張り出してみた。



これは一体・・・


広場の中に出来ていたこの像・・・。
これは一体?


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松山 Ⅲ 

電車来た~


午前中はレンタサイクルをして、昔住んでいたところを巡ろうと思っていた。
レンタサイクルの営業は朝8時半から。
当初の予定では8時半にはJR松山駅に着いていて、そこでレンタサイクルするつもりだったが、
かなり時間が押してしまった。
でもお気楽一人旅なので「まいっか」で済んでしまう。


とりあえず、伊予鉄道の1DAYチケットを購入して道後温泉駅から市電に乗り込んだ。


1Dayチケット&電車の中

この1Dayチケットは買って正解だった。
大人は1日400円で伊予鉄の市電・バスの通用区間乗り放題(市電は全区間)。
これを使って何度乗り降りしたことか。

それにしてもこのチケットの写真のように、青空だったらよかったのに・・・(泣)



電車の中。観光客がちらほら。
床は板張り。さっきまで雨が降っていたせいで床が湿っている。


松山にいた頃、市電に乗ったのは学校行事くらい。
だいたいどこに行くのも自転車だった。
あの頃よく自転車乗り回してたな~(笑)







松山駅前


気づけばJR松山駅前。

JR松山駅


JR松山駅。

松山ではJRの松山駅より伊予鉄の松山市駅の方が街の中心部に近い上、
駅ビルに高島屋が入っている(観覧車もついている)ためか存在感がある。

私にとっては、JR松山駅の方が家に近かったので馴染みがある。
そして県庁所在地のJRの中心駅としては地味かもしれないが、この素朴さがまた良いと思っている。

昔は駅の敷地内にみかんの形の電話ボックスがあったが、もうなくなっていた。
まだあったらいいなとちょっと期待していたのだが・・・。


ちなみに、駅の敷地内にはある有名な石碑がある。

春や昔


春や昔

十五万石の
   
城下哉


子規


松山出身の俳人・正岡子規の句碑だ。
子規は日清戦争の従軍記者として大陸に渡り、その帰路で喀血し重体に陥った。
その年明治28年、松山に帰郷した際に上の句を詠んだ。
碑に刻まれた字は子規直筆の拡大らしい。


私はこの句がお気に入りである。
毎年春が近づくとこの句が頭に浮かび、無性に松山に帰りたくなる自分がいる(笑)








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松山 Ⅱ 

久々に道後温泉に浸かった。
5年前に来た時は入らなかったから、10年ぶりだ。
昔はとても熱く感じたお湯も、今日は何だかちょうど良い。

お風呂の中は朝7時台ということで入浴客はまだ少なく、とても快適だった。

地元の子だろうか。
数人でお風呂に入りに来ていた。
久々に聞く「伊予弁」。
懐かしい、心地よい響き。

でも思ってたより、訛りがある。
子どもの頃は標準語に近いと思っていたんだよなぁ。



坊っちゃんの間

道後温泉といえば、夏目漱石の「坊っちゃん」。
道後温泉の3階には「坊っちゃんの間」という部屋がある。
漱石をしのんで作られたものらしい。


則天去私

則天去私

夏目漱石の最晩年(大正5年)のことば。

「小さな私を去って自然にゆだねて生きること。」


晩年上のように悟った漱石は意外と結構波乱万丈な人生だった・・(詳しくはウィキペディアにGO!)
千円札に載っていた雰囲気からは想像がつかないが。


館内

この廊下をまっすぐ行って右奥の部屋が坊っちゃんの間。
道後はいたるところでお花が生けてある。風情があってとても良い。


雨やんだ~

外に出ると、雨は止んでいた。
晴女パワー発揮か?(笑)
とりあえず一安心。


椿と道後

椿は松山の市花。厳密に言えば「ヤブツバキ」だそうだ。
道後に椿は良く似合う。


からくり時計

にわかに観光客が増えてきた。

道後温泉駅前にあるカラクリ時計は時間になると坊っちゃんの登場人物が現れる。
そのカラクリ時計の隣には足湯がある。
松山を観光したあとの疲れた足を癒すにはちょうどいいかもしれない。



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松山 Ⅰ 

鈍行と夜行バスに乗って半日かけてたどり着いたそこは、















ようこそ


故郷、愛媛県松山市。
約5年ぶりである。


下車は道後温泉駅前。朝7時過ぎ。予定通り。
あぁ、やっと帰って来れたわいと感慨もひとしおながら、
小雨の降るあいにくの天気に少しがっかり。
ほんでも、駅で出迎えてくれたお地蔵さん(?)が、
「ようこそ」よりも「おかえり」って言ってくれてるみたいで、
何だか勝手にうれしくなった。


市電


オレンジの市電も懐かしい。


市電や駅の構内をぼんやり眺めたあと、眠気をひりずりつつ、道後温泉に向かった。
晴れ女やし、そのうち晴れよんやない?と楽天的に考えながら。

ひっそり


早朝なので、人の通りもまばら。


早朝の道後温泉


アーケードを抜けると、そこはうれしなつかしの道後温泉。
自分が松山にいることを改めて実感した。



春の朝 こころも潤す 道後の湯




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